開祖摩文仁賢和は、首里手の大家・糸洲安恒について糸洲派を学び、後に那覇手の大家・東恩納寛量に東恩納派を学んだ。
中学卒業後警察官になった後も、地方に隠れた首里手、那覇手以外の形・技法について模索し続け、松村派、新垣派などの各派を修め、空手以外には琉球古武道の棒術、釵術を学んだ。
それら全ての技術と精神を融合、融和させたものが糸東流空手道である。
その技法上の特徴は、単に突き蹴りだけでなく、投げ、逆技といった技術をも含み、まさに総合武道の様相を呈する。
また、「守・破・離」(基本を忠実に・それを応用し・そこから独立する)という言葉に代表される様に、形という基本を守りながら、それを応用し、組手と結び付けていくことによって作り上げられた分解組手などに、その奥義までをも修めることが出来るように体系ずけられている。
また、精神教育に重点を置いた開祖摩文仁賢和は「君子の拳」を標榜し、円満な人格の形成・向上を目指した指導を行った。

2、組織

1934年(昭和9年)に糸洲、東恩納両師の頭文字を取り「糸東流」を名乗って以来、大日本空手道会、全空連結成に際して日本糸東流空手道会としての活動を経て、1964年(昭和39年)に「全日本空手道連盟糸東会」が発足。日本はもとより世界へと広がり続けている。

1997年4月には待望の本部道場が埼玉県朝霞市に完成。会員の指導は勿論、指導員の為のレベルアップ講座なども行っている。
また、世界各国へ向けて糸東流空手道を広める為の指導にも積極的に取り組んでいる。

1993年には「世界糸東流空手道連盟」が結成され、日本国糸東会、パンアメリカン地区・アジア太平洋地区・ロシア地区・ヨーロッパ地区を中心に約55カ国が加盟しており、今後もより一層の発展が期待される。