「速くプレーする」ということは、多くのスポーツで重視されている。対戦する相手よりも速く動くことが勝利への重要なポイントになる。その為トレーニングの現場では、正確なプレーの追求と並んで、それをいかに速く行うかが、つねに課題になっている。人間の身体は、神経と筋肉の見事なコーディネーションによって動かされている。巧みさ、速さといった要素は、このコーディネーションがどれだけ合理的に働くかによって左右される。SAQトレーニング(スピード、アジリティ、クイックネス)は、こうした身体の機能に注目し、身体の動きの"速さ"をつくる要素まで分解して考え、訓練していく方法なのである。その為、普段の技術・戦術トレーニングでは見慣れない動きをすることがあるかもしれない。しかしそれは、スポーツの動作を要素別に分解して考えているからであり、最終的にはスポーツの動作の速さとして身に付くことになるのである。
(1)スピード(Speed) 私たちが最も理解しやすい概念の速さである。普段、「スピードがある」と表現するときに思い浮かぶ、純粋な直線的な最高速度を指す。基本的にはランニング動作のスタートからフィニッシュまで、方向の変化がないタイプのスピードである。(2)アジリティ(Agility) 動から静に、静から動にというように、スポーツではつねに動作の「切り替え」が要求され、その別々の動作の互いの切り替えの速さを指す。動きの変化の速さと考えてもよい。さらに、「動」に分類される部分では先ほどのスピードが重要になる。また、「静」に分類される部分では、動きの変化による体勢の崩れに影響されないボディバランスが重要になってくる。その為、アジリティのトレーニングでは、必ずスピードとバランスの要素が加味された内容になる。(3)クイックネス(Quickness) 静から動へ、動から静へという速度の変化に、さらに前後座右(360度全部)という方向の要素が加わる。狂った方向に、できるだけ素早く合理的な身のこなしで到達する必要がある。この時、速度の要素としては、初めの数歩の動きでいかに無駄なく加速するかと言うことが大切になり、方向の要素としては最短距離を移動するための無駄のない姿勢づくりが必要になる。これらを統合したものがクイックネスである。
SAQの要素を「神経の反応」を中心に考える部分と、「筋力の発揮」を中心に考える部分にわけて考えると、まず「神経の反応」を中心に考える部分では、可動性を高めることが最大の課題となる。この可動性は、敏捷性と動的柔軟性と言う2つの要素から成り立っている。A敏捷性を高める 可動性を向上させていくためには、まず敏捷性を高めておく必要がある。瞬時に動ける能力そのものが基本的に重要であるという意味で、ここでいう敏捷性は、アジリティとクイックネスの要素が混ざり合っていると考えていい。つまりここには、単純なスピード、動きの切り替え、バランス、加速などが含まれている。敏捷性は、その構成要素であるスピードと調整力がバランスよく高まることで向上する。その為、まずは、単純で直線的なスピードの訓練がなされる。同時に、そのスピードを巧みに操れる調整力も訓練されなければならない。ここで言う調整力もアジリティで紹介した動きの切り替えや、動きの中で必要とされるバランスととらえていい。このように、単純なスピードの訓練に、動作の切り替え、バランスの訓練が合体し、加速といい要素も加味されて敏捷性が育っていく。B 柔軟性を高める 育った敏捷性が、上位要素の可動性に高められていくためには、動的柔軟性という要素が加わらなければならない。動的柔軟性は、私たちが日頃から親しんでいる柔軟性、つまり静的柔軟性をベースに向上する。その為にまず、オーソドックスな静的柔軟性を十分に高める事が訓練されていくことになる。静的な柔軟性が十分に確保されたなら、それが動作の中で発揮されるようにシフトチェンジする必要がある。スポーツのパフォーマンスはつねに動きの中で発揮されるので、じっと動きを止めた時の柔軟性に優れているだけでは不十分である。いかに柔軟に動けるか、それが動的柔軟性の指標となる。静的柔軟性を追求するスタティックストレッチングに対し、動的柔軟性を追求する手法は、ダイナミックフレキシビリティドリルと呼ばれている。こうして、敏捷性と動的柔軟性がバランスよくトレーニングされることで、SAQの構成要素の1つで、「神経の反応」を中心に考える部分である可能性が向上する。
スポーツパフォーマンスの速さは、「神経の反応」が作り出す動きを、筋を通じて適切な強さをともなって表現することで現実のものとなる。例えば、陸上100メートル走のスタートダッシュに、超人的な反応の速さだけでなく、爆発的な筋力も必要なことは理解していただけるだろう。SAQの充実には、筋肉の適切な働きが必要である。その働きとは、「パワー」と表現される性質のものである。パワーとは、筋力とスピードの2つの要素から成り立つ、強い速い力である。A 最大筋力を高める パワーを向上させるには、まず最大努力で発揮できる最大の筋力を高めなければならない。筋力の向上には、神経の指令が筋肉を収縮させるメカニズムの効率を上げることと、筋肉自体が太くなる事である。最大筋力の向上には高負荷・低回数のトレーニングが中心になる。しかし、いきなり高負荷・低回数のトレーニングを実施する事は危険である。ウエイトを使用場合は、まずトレーニング動作に習熟し、筋力アップの効果が現れていることを確認して、それを3ケ月程度継続してから最大努力のトレーニングに移行してみると良い。B 最大スピードを高める 筋力に速い動きが加味されて、初めてパワーという概念になる。パワーを高めるためには、筋力の向上と同時に動きのスピードを高めなければならない。強い筋肉を実戦的な速い動きの中で発揮させるためには、ある程度筋力が付いた段階でそれを速く動かす訓練を導入しなければならない。このようにして、高められた筋力が最大の速さで収縮できるようになって、強さと速さの合力であるパワーがたかめられていく。
可動性を形づくる要素の1つの敏捷性は、さらに細かく調整力(バランスも含める)とスピードと言う2つの要素に分かれて考えられる。この調整力の向上を狙って最も多く活用されるのが「ラダートレーニング」である。ラダーとは梯子の意味だが、文字通り梯子状のトレーニング器具を地面に敷き、そのマス(升)の1つ1つをステップしていくことで、調整力を磨く。ステップは、1つのマスを1歩ずつ順次進んで行く最も基本的なスタイルから、サイドステップを取り入れたり、ステップに身体の捻りを加えたりするものなど、競技特性に応じて様々なバリエーションが活用されている。先程触れたように、調整力の向上で重要なことは、自由に速く動くのではなく、ラダーのマス目が果たしている役割のように、動きに「枠」を設定したうえで速く動く事である。その意味で、ラダーはトレーニング設定に都合の良い長さ、形状であるため、調整力のトレーニング器具として活用されている。しかし、動きに「枠」を設定していくというポイントが押さえられていれば、ラダーがなくても、例えば、地面にラインを引いたり別の物を置いたりする事でも、調整力のトレーニング環境を設定していくことが可能である。調整力養成のトレーニングと同じラダーを使い、動作も似たトレーニングになるが、ここではスピードの向上にプライオリティーがおかれている。その為に、調整力のトレーニングに比べ動作自体は単純な物が中心になり、その分速く動くことが求められる。脚の回転の速さ、手の振りなど、動作を洗練していくフォームづくりも同時に進行していかなければならない。
ラダートレーニング4つあるいは5つのドリルを選び、2、3回完璧にやりこなす。15分以上費やさないこと。
・基礎編スピードフットワーク ・スピードアジリティ ・バウンドジャンプ
(日本SAQ協会 編スポーツスピード養成 SAQトレーニングより抜粋)